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〜第3主日礼拝〜

2009/11/15
宣教:「祝福から祝福へ」
聖書:マルコによる福音書10:13〜16、23〜31

 日の礼拝では、子ども祝福式が行われました。下は0歳〜上は高校生までの子ども達が、はにかみながらも並んでいる姿を見ると、子ども達はほんとに教会の宝物だな〜としみじみ感じました
  
 「人間は神様からの祝福を受けて生きる。」
これこそが、この日の宣教メッセージの重要なポイントです祝福とは、神様から与えられる”恵みのことです。ノンクリスチャンでも、クリスチャンでも関係なく、実はすべての人間が神様からの祝福を受けて、生かされているのです。もっと、もっと大きな祝福を受け取りたいと思いませんか!?もちろん、それが御利益的な自分自身の欲を満たすための動機なら、神様は祝福してくださいません人生における、ホンモノの祝福をGETしたいあなたは、以下の2つの事をどうぞ心に留めて下さい

子どものような純粋な信仰を持つこと
神様よりも大切なものがあってはならない

ここで・・・・、つの話をしましょう。

 エス様に祝福していただくために、婦人達が子どもを連れてイエス様の元へ集まりました。この婦人達の中には、もしかするとイエス様をメシア(救い主)だと、まだ信じていなかった方もいたと思います。が!!親が子どもの祝福を願う事は、当然のこと。それは、沖縄の風習にも見られる、ナージキーにも表れている通りです。そんな矢先のことです。イエス様思いの、弟子達はなんと子どもを追い払おうとします。イエス様思い???そうなんです!!弟子達は思いました。
「イエス様は、遠出をしてきてお疲れなんだ。しかもこれから、律法学者、祭司長といったイエス様に対して猜疑心でいっぱいの敵が大勢待つ、エルサレムへ行かなければならない。この緊迫した状況下・・・、とにかくイエス様を休ませてあげなくては!!!」
 時に、人間的善行は神の御業の敵、妨げになることがあります。ペトロが、イエス様が十字架にかけられる事を否定した時もそうでした。イエス様は、弟子達を叱り、子ども達を連れてくるように命じ、抱き上げて祝福しておっしゃいました。

 「はっきり言っておく。子どものように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはで きない。」
 
 る金持ちの議員がいました。彼はおそらく、自分自身の力で一生懸命、お金・名誉・地位・権力を築きあげた人物でしょう。そんな彼は、現在の科学界においても究極のテーマである、永遠の命を受け継ぐ方法について知りたくて、イエス様に質問しました。彼は、イエス様を前に言いました。
「私は、幼い頃から十戒(「殺すな・姦淫するな・盗むな・偽証するな・奪い取るな・父母を敬え」)を守ってきました」
旧約聖書に書かれている、モーセを通じて示された十戒は、私たちがいかに罪人であるかを悟らせるために、神様が示したものであり、その全てを完璧に守れる人間はいません。まして、神の御子イエス様を前そのような事は、口が裂けても裂けなくても絶対に言えないはずです。彼は、高慢だったんですね。イエス様は、彼に言いました。

「あなたが持っている物を売って、貧しい人々に施しなさい。そして、私に従いなさい。」
彼は、悲しそうに去って行きました。

 
 「子たちよ、神の国に入るのはなんと難しいことか。金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい。」(マルコ10:24〜25)

 彼は、神様に従う事よりもこの世の財産を選びました。この世で、イエス様を信じると、何か大切なものを捨てなければならない試練に出会うこともあります。それは、この世からの迫害、悪からの試練を伴った、家、兄弟、姉妹、母、子ども、畑(財産)かもしれません。(息子イサクを奉げるアブラハム)しかし、その全てが神様からのテストなのですこのテストに合格すると、なんと!何百倍もの祝福が待っています。神様はあなたを愛するために創られたのですから、その約束は決して変わりません。
「愛する子には旅をさせよ。」実は、みなさん真理を知っているんですね〜

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最初のしるし〜カナの婚礼〜

2009/10/25
イエス様は地上での生涯の中でたくさんのしるしや奇跡を行いましたが
最初のしるしは何だったでしょう
そう カナの婚礼で水をぶどう酒を変えた奇跡です

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この日のメッセージは、ヨハネ2:1〜12より聖子先生が語られました

当時の結婚式は1週間ほど続いたといわれるその3日目に
ぶどう酒がなくなってしまいました
これは大変 一大事
マリアは息子イエスにこの状況を説明します
するとイエス様は・・・
「婦人よ、わたしとどんなかかわりがあるのです。わたしの時はまだ来ていません。」
とこたえました。
普通なら「親になんて口の聞き方!」と怒ってしまいそうですが、
マリア
「この人が何か言いつけたら、そのとおりにしてください」
と召使いたちに言いました。
なんて従順なマリア
そしてユダヤ人が清めに用いる石の水がめ6つに水をいっぱいにしなさい、
と命じられた召使たちは言われるとおりに井戸から水を汲み、
いっぱいにしたのです。
さあ、ここで奇跡を行うためのチームが成立していたことがわかります。
神のみ子・・・イエス   従順なとりなし手・・・マリア   働き人・・・召使い
そして、奇跡が完成します
「だれでも初めに良いぶどう酒を出し、
酔いがまわったころに劣ったものを出すものですが、
あなたは良いぶどう酒を今まで取って置かれました。」

さて、ここでどんな奇跡が起こったのでしょう
まずは、質の変化です。
という無味無臭のものがぶどう酒という有味有臭のものに変わったのです
次に、時間の変化です。
良いぶどう酒、というのは何年も寝かせ熟成させたものです。
まさに時間・時空を越えていますね

今も生きて働かれるイエス様は、ご自身をあらわすために働き人はもちろん、
受胎告知の時も従順だったマリアのようなとりなし手を必要としています。
「教会」という主に呼び集められた群れの私たち一人ひとりは
目的意識をしっかり持ち、聖霊の通り管として整えられ、
御言葉に従うとりなしの祈りをささげていくものでありたいですね
マリアも召使いや弟子たちも主に従いました。

さあ次はあなたの番です

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16:46 メッセージ | コメント(0) | トラックバック(0)

第3主日礼拝

2009/10/18
宣教:「私を大いに祝福してください」
聖書:創世記12:1〜9

 朝ひんやりしてきて、布団から出たくなくなってきましたね〜♪みなさん、いかがお過ごしでしょうか?私、個人的には、この季節、好きですね〜だって・・・、柿が好きだからー

さ〜て、みなさん!!先週登場した人物を覚えていますか?母親が、「わたしは苦しんで産んだから・・」という理由で、名付けた・・・そう!!「ヤベツ」です。ヤベツは、つのお祈りを捧げ歴代誌上4:9〜10)、それらすべての求めを神様は聞き入れられましたでも、ここで疑問が・・・。

「滅ぼされるべき異邦人であるはずのヤベツが、なぜ祝福を受けられたの???」
※異邦人:ユダヤ人以外の人で、当時は「律法を持たないもの」、「割礼のないもの」を指す。偶像崇拝に陥ることが多かったらしい。

その、答えはズバリ!!ヤベツの信仰がとされたため。つまり、信仰の父と言われる、「アブラハムの信仰」を持っていたためです。

「アブラハム」とは、ヤベツが生まれる600年ほど前の人で、神様から、以下のような召名を頂いたほど、神様に従順かつ忠実な人でした。

「わたしはあなたを大いなる国民にし、あなたを祝福し、あなたの名を高める祝福の源となるように。あなたを祝福する人をわたしは祝福し、あなたを呪う者をわたしは呪う。」
(創世記12:2〜3)


神様は、アブラハムを「祝福のもとい」、「祝福の器とされましたが、実は、このアブラハムさん。幼いころは、別の神を拝んでいた偶像崇拝者でした。(特に月の神を拝んでいたらしい)(『あなたたちの先祖は、アブラハムとナホルの父テラを含めて、昔ユーフラテス川の向こうに住み、他の神々を拝んでいた』ヨシュア記24:2)
しか〜し、アブラハムは気がついたんですね。というよりも、神様がアブラハムを選ばれたんですそして、神様は75歳のアブラハムにおっしゃいました。

「あなたは生まれ故郷 父の家を離れてわたしが示す地に行きなさい」(創世記12:1)

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自分の故郷を離れて、おまけに家族とも別れなさいって・・・。もしも、私なら、自分の感情のままに流され、不安と寂しさで「いやです!!」とか、「もう年なんで・・」とかとにかく行きたくない言い訳を考えるのに必死になっていたと思います。!アブラハムは違いました。
アブラハムは、神様の言葉に従って旅立ったのです。疑うことなく、神様を信頼して。「アブラハムの信仰」のポイントはここだと思います。

私たちは、苦しくなった時に神様を求め、祈りが聞き入れられない時には不平を言ったり、御利益的に神様を求めようとすることがあります。でも、これでは神様の祝福はぜっ〜たいに受ける事はできませんアブラハムの信仰にならい、疑うことなく、神様に全信頼を置ときに大いに、あふれるほどの祝福を受ける事が出来るのです!!さあ、祈りましょう

  「私は神様のために生きます。だから、私を大いに祝福してください」

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第2主日礼拝

2009/10/11
今日の礼拝の聖書箇所

ヤベツは兄弟達の中で、最も尊敬されていた。
母は、「わたしは苦しんで産んだから」と言って、彼の名をヤベツと呼んだ。
また、ヤベツがイスラエルの神に、「どうかわたしを、祝福して、わたしの領土を広げ、
御手がわたしと共にあって災いから、わたしを守り、苦しみを遠ざけてください」と祈ると、
神はこの求めを聞き入れられた。
                                 歴代誌上4:9〜10


今日の礼拝メッセージは「ヤベツの祈り」です
ヤベツの祈りの中には、4つの事が祈られています。
私を祝福して下さい
私の領土を広げて下さい
御手が私と共にあって災いから私を守って下さい
苦しみを遠ざけてください

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みなさん、神様に私を大いに祝福して下さいと本気で祈った事はありますか
神様の子供に生まれ変わっているから、
たなぼた式で神様が祝福してくれるだろう
当然、祝福されるに違いない
神様の祝福を待っていた事はありませんか

今日の礼拝メッセージで、待っているだけの信仰ではダメ
ヤベツのように、わたしを大いに祝福して下さい
求めなければいけないと聞き、ハッとしました
私は、祝福して下さいと祈った事はあるけれど、
大いに祝福して下さいと本気で祈った事がない!と気がつきました
心のどこかで、神様は私の事を愛しているから、祈らなくても祝福されるだろう〜
なんて思っていたのカモしれません
神様の大きな祝福を受けるには待っているだけでは、ダメだという事、そして
自分で必死に祈り求めなければ、与えられないという事に気がつかされて感謝です

ここでポイントがあります!
ヤベツはなぜ、こんなにも祝福されたのでしょうか
私達もヤベツのような祝福を受ける事が出来るのでしょうか

ヤベツは、信仰によってアブラハムの祝福を受け継ぐものとなりました
私たちも、信仰によって、アブラハムの信仰を受け継ぐことが出来ます
それは、どうゆう事かと言うと、信仰が義とされるという事です
十字架の復活イエスキリストを自分の罪からの救い主と信じるという事。
そうすると、神様は信仰を義と認めてくれます。
義と認めるということは、罪が赦され、神様の祝福を受ける者に変えられるということです
それは、魂が恵まれる霊的な祝福に始まり、
全ての事において祝福されます。
霊的、物質的、この世的、あるいは肉体的なあらゆる祝福を受けるという事です

イエス様は、罪びとを救うために来られました

罪びとを救うために、十字架にかかってくれました。
自分が、罪人であるという事を認めなければいけません。
また、
私たちは、神様を信じて礼拝しているようで、実は、自分勝手な信仰を持ちがちです
御言葉に従う信仰ではなくて、自分勝手な考えで、礼拝をしてしまいます。
私達は、自己中心的な信仰、利己主義の信仰になってはいけません
自分勝手な信仰、ご利益信仰をを持つと、祝福はされないのです
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ヤベツは、神様の目から見て大きな祝福を受けるにふさわしい
信仰の持ち主だったんだろうな〜と思いました。
ヤベツの信仰を見習って、神様から祝福を受けられる者になりたいと思いませんか
今まで、祈らなかった分、損をしていたな〜と思いました!が、
今日から、また、神様の前に悔い改めて、祝福を受けるにふさわしい信仰を持ち、
ヤベツの祈りをしていきたいと思います
みなさんも、ぜひ、ヤベツの祈りをしてみて下さいね
そして、ヤベツの祈りをして、こんなに祝福されたという証があったら、
ぜひ、教えて下さいね
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23:25 メッセージ | コメント(0) | トラックバック(0)

10月4日〜第一主日礼拝〜

2009/10/04
 「の気配が近づいたな〜」と思いきや!!セミは鳴くは、クラーの効いた部屋にとどまりたいは、T−シャツばかり着ている自分がいるはで、まだまだ暑い沖縄ですね〜。

 さて、今日の礼拝の宣教メッセージは「信じる者に伴うしるし」ということで、マルコによる福音書16:17〜20から御言葉を学びました。

「信じる者には次のようなしるしが伴う。彼らは、わたしの名によって悪霊を追い出し、新しい言葉を語る。手で蛇をつかみ、また、毒を飲んでも決して害を受けず、病人に手を置けば治る。」
                         (マルコによる福音書16:17〜18)


すごい御言葉だと思いませんかイエス様を自分の救い主だと信じるだけで・・・なんと

イエス様の御名によって悪例を追い出せる!
新しい言葉を語る!
手で蛇をつかんでも害を受けない!
まして、毒を飲んでも決してけっ〜して害を受けない!
病人に手を置くだけで、その病が治る!

「ほんとにすごい特権ばかりですね〜。イエス様もそのようになされたんですものね〜。」って頭で、知識としてなんとな〜く理解出来る方がほとんどだと思います。私もそうでした。だって、普通に考えたらそんな・・毒蛇なんかつかんだら・・・大変な事になるにきまってますし、まして毒を飲むなんて・・・。考えただけで恐ろしい〜ですよね?でも、それは「神様の御言葉を完全に信じる」という信仰ではありません。知識=信仰とは言えません。知ってるか、知らないのではなく、御言葉を信じるか、信じないの2つに一つなのです。信じることは難しいことです。特に、見えないモノを信じる事は、とりわけ難しいと思います。
復活されたイエス様をどうしても、信じられなかった弟子の一人のトマスに、イエス様は現れておっしゃいました。

「信じないものではなく、信じるものになりなさい。」(ヨハネによる福音書20:27)
「わたしを見たから信じたのか。見ないのに、信じる人は幸いである。」
(ヨハネによる福音書20:29)


 でも、やっぱり信じられない・・・そんな、あなた!!イエス様は、なんといつまでも私達の事を思ってくれてるお方でしょうか昇天された後も、私達が「孤児」にならないように、弁護者、真理の霊、助け主として「聖霊様」を送ってくださいました。聖霊様がおられるという事は、イエス様がここに今、あなたの側に、おられるという事と全く同じ事です

「わたしが去って行くのは、あなたがたのためになる。わたしが去って行かなければ、弁護者はあなたがたのところには来ないからである。わたしが行けば、弁護者をあなたがたのところに送る。」
(ヨハネによる福音書16:7)

 
 聖霊様は、人格を持ったお方です。聖霊様は、いつもあなたの事を心配して、天の神様にとりなしてくださっています。聖霊様を、助け主としてお迎えして、自分の罪を悔い改め、聖霊様と交わる祈りを始めてみてください。きっと、御言葉が信じられますそして、御言葉を信じたら、御言葉を実行しましょう行いのない信仰は、死んだものだ!」とヤコブは言っています。

 御言葉を信じ、主に完全に信頼していく時、人生の思い煩い、恐れ、不安・・・そんなものは吹き飛びます!!驚くべき、御業をあなたも体験してみてください

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